LEM 農業製品開発秘話


小型冷凍機の製造を始める


1945(昭和20)年10月、野田食菌工業 の創業者である故飯塚千代吉は、個人経営の飯塚電機冷 凍機製作所を東京都台東区龍泉寺町で起業し 、小型冷凍機並びに冷凍装置の設計製作を開始した。1948 (昭和23)年6月、千代吉は、株式会社飯塚製作所を創設して小型冷凍機の製造を開始した。
1969(昭和44)年8月、千葉県野田市に野田食菌工業株式会社を設立、キノコの周年栽培の設備を開発し、その販売を目的とした事業をスタートさせた。

停電事故が思わぬ発見に


1970(昭和45)年8月の盆休み、千代吉が2~3日研究室を空けている間に停電が起こり、ガラス瓶の大型フラスコでシイタケの菌糸をエアーレーション培養していた部屋の空調が長時間停止状態になるという事故があった。電力供給が復旧しても空調機は再起動されないまま放置され、密閉状態になった培養室は、数日間高温にさらされる状態が続いた。帰宅して研究室を覗いた千代吉は、ガラス瓶にあったはずのシイタケの菌糸が消えていることに気がついた。麓顧問に尋ねると、「シイタケの菌糸が自己の持つ酵素で細現象ではないだろうか」との回答だった。

原料となるサトウキビ。
糖蜜を絞った後の繊維(バガス)を使用。

LEMの誕生


千代吉はこのことから、固体培地でシイタケ菌を培養し、さらに放置すると樹皮形成された完熟培地から『自己消化』なる現象がつくり出され、シイタケの独自成分を得ることができるのではないかと考えた。バガスと米糠の固体培地にシイタケの液体菌を接種し、3~4か月培養すると、シイタケの菌糸で個体培地全体が白くなって樹皮形成が進み、子実体発生の準備に入る。また、培養室の温度を下げ、再び室温を上げることで温度変化(低温ショック)を与えると、子実体の発生のための、新たな酵素類の代謝が活発になる。培養培地の活性が最も高まった時に『自己消化』現象を派生させ、シイタケの有用成分を抽出することに千代吉は成功した。L E Mの誕生である。

LEMに植物成長を促進する作用が・・・


LEMを生産し始めた頃から、LEMの 抽出後に排出される培養培地の残渣を空き 地に放置しておくと、周囲の雑草がほかに 比べると成長が著しいことがわかっていた。LEMには植物の成長を促進する成分が含まれている可能性に着目、野田市内の 農場で、様々な植物に対する試験を行ったところ、成長促進作用以外にもタバコモザイクウイルス(TMV)等のウイルス感染を 阻害することがわかりました。
1983(昭和58)年8月に、シイタケ菌糸体培養培地抽出物(LEM)がわが国で初めてトマト、ピーマン、たばこ、キュウリの抗ウイルス剤、そしてアザレヤ、つばきの発根促進剤として商品名「レンテミン」が農薬として認可登録されました。
1986(昭和61)年に、レンテミン液剤としての農薬認可登録を取得。その後、ランに対する抗ウイルスに関して適用拡大となり、また肥料として「バイオエドレンスL」が後に家庭園芸用肥料に登録されたました。

    左:「レンテミン」により不活性となったウイルス
    右:無処理により活動するタバコモザイクウイルス
    左:無処理  右:レンテミン散布処理